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Croata(クロアタ)とは

Croata(クロアタ)とは、ネクタイ発祥の地とされるクロアチアにおいて、抜群の知名度を誇る「ポトマック社」のトップブランドです。独創性と個性を尊重した革新的な最上級品は、国外でもCNNをはじめとする欧米や日本のテレビ・雑誌で何度も紹介される、知る人ぞ知るブランドです。

ポトマック社について

ポトマック社

社設立は1990年。この頃、ゴルバチョフのペレストロイカに端を発する東欧自由化の波がベルリンの壁を破ってクロアチアにも押し寄せ、連邦からのクロアチア分離独立という長年の悲願と、自由な企業活動への期待感が国民の間に膨らんでいました。


Croata(クロアタ)のブティク。
Croata(クロアタ)のブティクでは創立に至る物語を見る事ができる。

マリヤン・ブシチは長年温めてきたある構想を、知り合いのズラトコ・ペナヴィチにそっと打ち明けました。

「クラヴァト発祥の地というコンセプトで商品作りをしないか?きっとクロアチア再生にも貢献できると思う!」

マリヤンはザグレブ大学哲学部の出身、ズラトコは同経済学部の出身。二人とも中年の働き盛りで敬虔なカトリック教徒、ときおり教会で顔を合わす程度の仲でした。意気投合した二人は、新時代到来の予感に身を震わせながら立ち上がりました。

独創性と個性を尊重したファッション構想を提案していこうと、ポトマック社は設立されました。ネクタイとスカーフを、単なるファッションアイテムの枠に留まるのではなく、自己表現の媒体、個性の表現、そしてクロアチアがネクタイの起源となった物語を伝えられるものにしよう、という志を抱いて創業されたのです。

都市スプリトのブティク。
都市スプリトのブティク。Croata(クロアタ)のブティックは、国内主要都市に展開している。

れから15年、旧ユーゴ内戦に翻弄されて紆余曲折はありましたが、会社は二人の真摯な経営努力に鼓舞された社員たちの団結と、全国民の暖かい支えにより、今や堅実な中堅企業に成長し、国内では抜群の知名度を誇っています。
国外でもCNNをはじめとする欧米や日本のテレビ・雑誌で何度も紹介される、知る人ぞ知るブランドです。

同社はネクタイやスカーフを中心に関連のファッション商品を製造販売、デザインはクロアチアの自然・動植物・文化・歴史などに想を得てすべて自社で興し、それを近くのコモ地方 (北イタリア) などに発注して良質の絹布を受け取り、裁断・縫製と仕上げをクロアチア国内の自社工場で行っています。

ザグレブ都心オクトゴン・ビルの本店ブティク。
ザグレブ都心オクトゴン・ビルの本店ブティク。

1992年、クロア第1号店をクロアチア首都ザグレブに開店し、現在はザグレブ都心オクトゴン・ビルの本店ブティクをはじめ、ドゥブロヴニク、スプリト、ザダル、リエカなど国内主要都市に展開しています。

革新的な最上級品を提供することによって、Croata(クロアタ)はクロアチアのファンション業界において最も有名なブランドに成長していきました。

CNNにてCroata(クロアタ)が紹介されました

CNN story on cravat

Take a look at the story that CNN made about Croatia and the cravat.

Posted by Croata on 2013年4月22日

世界にたった32本、日本にわずか数本しか存在し得ないその希少性。

Croata(クロアタ)のネクタイは、クオリティを守る為、1柄につき32本しか生産されません。その上、一度売り切れてしまったネクタイは、基本的に二度と生産されることはありません。

1柄につき32本のみの生産。全てが限定品とも言えるCroata(クロアタ)のネクタイ。
1柄につき32本のみの生産。全てが限定品とも言えるCroata(クロアタ)のネクタイ。

およそ量産とは無縁であり時流に反するような体制ですが、これもネクタイ発祥地のトップブランドを自負する誇りゆえ。屈指の品質を守り抜く為、敢えてブランド自らが己に課した、尋常ではないこだわりが込められているルールなのです。

この32本の中から日本に輸入されるのは、わずか数本のみ。Croata(クロアタ)のネクタイがいかに日本で得難いものなのか、数字を見るだけでお分かりいただけると思います。

い世界にたった32本しか存在しない、無類の希少価値を持つネクタイ――これを手に入れることは、幸運にも似た千載一遇の出会いそのものです。

ゆえに、Croata(クロアタ)のネクタイは、着用される方の装いを“世界にたった32人だけの特別な装い”へと変化させます。限りなく唯一無二に近く、誰にも真似し得ない貴方だけの装いが、ネクタイを結んだ瞬間にこの世へと誕生するのです。

トップブランドの称号に相応しい品質に、ネクタイ発祥の地という国家の歴史、そして32本限りの類まれな希少性が相まって、Croata(クロアタ)のネクタイは、本国においてステイタス・シンボルとも呼ぶべき価値を生み出しています。

全てが限定品とも言える逸品ですから、ここぞという場で紳士の品格を示すシーンにはもちろん、大切な方へのギフトとしても、他と遜色はありません。堂々と胸を張ってお贈りください。
贈られた方だけが堪能できる珠玉の価値が、その1本に込められているのですから。

Croata(クロアタ)ネクタイのデザインの特長

1,Croata(クロアタ)の特長してまず上げられるのが、「グラゴル文字」をモチーフとしたデザインです。

中世初期時代の古いクロアチアの石のモニュメントは、クロアチア人にとってとても大切なものです。その石には、古いクロアチアのグラゴル文字が彫られています。

グラゴル文字
グラゴル文字を取り入れたクロアタのデザイン
グラゴル文字を取り入れたCroata(クロアタ)ならではのデザイン。

グラゴル文字は、主にスラヴ系言語を記述するために作られたアルファベットで、スラヴ圏最古の文字です。正教会のキュリロス(827年 - 869年)とメトディオス(826年 - 885年)が、855年か862年から863年の頃、聖書やその他の文書をスラブ諸語に翻訳するために作成しました。
ギリシア文字を元にして作られたと言われていますが、独特の外見を持ちます。

グラゴル文字がクロアチアの文化的遺産において誇りであるように、グラゴル文字のデザインはファッションプランド「Croata(クロアタ)」の最も洗練されたデザインにおいても誇り(gem stone)なのです。

2,伝統的な文様「編みの目」をモチーフとしたデザインも、Croata(クロアタ)の得意とするところです。

編みの目は、中世初期時代のクロアチアの石のモニュメントによく描かれており、クロアチア人にとても愛されてきた文様です。
石に描かれていた編みの目を意匠としてより洗練されたものに昇華させ、糸を編み込んた服の編み目は、その服の真の特長を引き立てる事に比類ありません。事実、古代より、編み目は儀式用法服を飾り、重要なシーンにおいて高貴な雰囲気をかもし出してきました。優雅で上品な編み目が、服が本来持つ優しさや気高さを生みだしています。

クロアチアのインターレース(編目)について

編みの目
クロアチアのインターレース(編目)。

クロアチアの編目でもっとも特徴的なものは3本のリボン模様です。クロアチアの前ロマネスク美術でもっともよく用いられました。9世紀から12世紀初期、中世初期のクロアチア王国時代に建てられた教会や修道院でよく見られます。装飾的な結び目は、動物や草木と一緒に描かれていることもありました。

編みの目
ブラニミール碑文。もっとも代表的な例。動物や草木と一緒に描かれています。
Baska tablet(roatian Academy of Sciences and Arts, Zagreb蔵)
編みの目
The "pleter" with inscription of Stephen Drzislav, 10th century.

編みの目はファッションデザイナーにインスピレーションを与える、尽きることのない源となっています。豊かで上品な創造性により、Croata(クロアタ)は世界で最も美しいデザインのネクタイを提供していきます。

ネクタイの起源はクロアチア

イ13世を守るためにクロアチアの兵士がフランスを訪れた際、彼らが首に巻いていたスカーフがネクタイの起源であるといわれています。

クロアチアの兵士
クロアチアの兵士が首に巻いているスカーフが、ネクタイの起源となった。

彼らは無事な帰還を祈って妻や恋人から贈られたスカーフを首に巻いていましたが、それを見たルイ14世が興味を示し、側近の者に「あれは何だ?」とに尋ねたところ、側近の者はクロアチアの兵士について尋ねられたと勘違いし、「クロアチア兵(クラバット)です」と答えたため、その布をクラバット(cravat)と呼ぶようになったといいます。

この説には、14世紀にはすでにフランスでcravateという語は使われていたという反論もありますが、1660年ごろに人気のあったクラバットは、単に幅広のネッカチーフを首に巻いたものに過ぎませんでした。

現在でもフランス語などではネクタイを "cravate" と呼びます。またこれから18世紀にかけて、クラバットに限らず首に布を巻くスタイルは兵装としても用いられ、一般に広まりました。この形のクラバットは第一次世界大戦頃までの一般的な男性の正装となりました。

クロアチアの伝統的軍装
美しいスカーフを首に巻いたクロアチアの伝統的軍装が、フランスを始め欧州諸国をとりこにした。

の粋なニューファッションは、名称 cravateと共に瞬く間に欧州諸国に広がりました。
それがドーバー海峡を越えてイギリスにはいると、次第に形状を変えて実用的になり、名称もcravatと並んで、即物的な "首を絞める = necktie" が多く使われるようになります。
そして、大西洋を越えてアメリカに伝わり、全世界へと普及していきました。

現在、ネクタイは自分の価値観を表す具であり、社会できちんとした態度をとることの表明であり、それゆえに人間同士の信義を支えるものになっているといえます。

ネクタイ研究会とネクタイの日

トマック社創立者のマリヤン・ブシチが主宰となり、1997年3月26日に「ネクタイ研究会」が誕生。10月18日を「CRAVAT DAY(ネクタイの日)」と制定しました。

2003年10月18日の「CRAVAT DAY(ネクタイの日)」、クロアチアのシンボルでもあるネクタイをテーマに、政府公認でネクタイ研究会が主催する大規模なイベントが行われます。このイベントは、前代未聞の試みで街中を驚嘆の渦に巻き込みました。

古代ローマの円形闘技場に巻かれた巨大なネクタイ。
古代ローマの円形闘技場に巻かれた巨大なネクタイ。

イストラ半島の港町プーラの海岸に残る古代ローマの円形闘技場、これを人の首に見立て、外周に赤いクラヴァト(ネクタイ)を巻くという野外芸術創作が行われました。
アレーナと呼ばれるこの円形闘技場は、紀元一世紀ウェスパシアヌス帝の時代に完成したもので、ローマ帝国内のいくつものアレーナの中でも大きく、ほぼ完全な形で残っている貴重な建造物です。

この巨大クラヴァト(ネクタイ)は、全長808m、見える部分の最大幅は25m、総表面積は8,250m2です。生地はザグレブ郊外の縫製工場で織られ、使われた糸の全長は115kmに及びます。巨大クラヴァト(ネクタイ)は、プーラまでの陸路250kmを大型トレーラーで慎重に運ばれました。世界最大のクラヴァト(ネクタイ)としてギネスブックに登録されています。

ネクタイの日の特別な祭典
特別な祭典が行われ、伝統的な軍装をまとったクロアチア兵士達も参列。市民や観光客が一同となって「ネクタイの発明」を祝った。

クロアチアの二つの遺産、「古代ローマの建造物」と「中世クロアチアに起源をもつクラヴァト(ネクタイ)」とを結びつけたこの芸術創作は、Croata(クロアタ)ブランドを擁するポトマック社の創始者にてネクタイ研究会を主宰するマリヤン・ブシチの記念すべき作品です。

毎年様々な趣向を持って開催される「CRAVAT DAY(ネクタイの日)」は、今やクロアチア国内だけでなく、世界中の国々で受け入れられています。

Croata(クロアタ)ギャラリー